アイルランドの東部、ミース州にタラの丘という緑の台地があります。
アイルランドは、その昔ケルト人の国で、タラの丘はそのケルト人以前の先住民からも神聖視された場所でした。そして、ケルト人の王たちもそこで、今も残る石柱の前で、即位の儀式を行っていました。
5世紀頃に、アイルランドに聖パトリックがキリスト教を伝えます。
以来、アイルランドは、ケルト文化とその伝統を引き継ぎながらも、カトリックの国として繁栄するのですが、やがて隣国イギリスの圧倒的な武力に駆逐され、植民地となってしまいます。17世紀のことでした。
以来、アイルランドでは独立運動が続き、多くの血が流れます。そしてアイルランドにいられなくなった活動家は、新世界アメリカへと亡命しました。
そんなアイルランドを1845年にジャガイモの大飢饉が襲います。飢饉で離農した極貧のアイルランド人が、移民となってアメリカ東海岸に押し寄せました。
「風と共に去りぬ」の主人公、スカーレット・オハラの一家は、そんなアイルランド移民の中で成功し、南部に大農園を開いたのです。もちろん、オハラ一家は、多くのアイルランド移民とは異なり、もともと裕福なアイルランド人移民だったのでしょう。とはいえ、早くから開拓されたサバンナなど、ジョージア州の海岸部からは離れた未開の土地のある場所に、アイルランド系の人々は入植します。オハラ家もそんな土地を苦労して切り拓いたのでしょう。そして、彼らはその大農園に、アイルランドの聖地タラの名前をつけたのでした。
今、アイルランドの人口は約450万人。
しかし、アメリカに渡ってきたアイルランド系移民の子孫たちの人口は3500万人。なんと、アイルランド本国よりも、アメリカに住むアイルランド系の人の方が遥かに多いのです。
オハラ一族はカトリックを信仰していたはずです。
スカーレットの父ジェラルドはフランス貴族の血を引くスーザンと結婚しますが、フランス貴族も当然カトリック系であったはずです。
一般的には、アイルランド系移民の多くは、プロテスタント系の白人が多いアメリアでカトリックを信仰する貧しい人々です。従って、当時アイルランド系の人々は古くからアメリカに住み着いていた人々からひどい差別を受けることになります。
彼らの多くは都市部に集まり、アメリカ東部のアイルランド系移民の数はどんどん増えてゆきます。やがて、それがひとつの政治的なパワーにまで成長したのです。ニューヨークはその代表的な例でした。彼らは、人口の力をもって、市の政治に進出し、自らの職業をも確保します。今でもアメリカの都市部の警察官や消防士にはアイルランド系の人が多くいるのです。
そんなアイルランド系移民の中にあって、農場経営で成功したオハラ家は、突出した存在だったはずです。
黒人奴隷を使役して大農場経営をしていた南部の人を扱った「風とともに去りぬ」は、黒人活動家などからは常に批判の対象となった作品です。
舞台は南北戦争の頃のジョージア州。
多くの農場経営者は、資金面では北部の資本に依存していました。また、綿花などの産物も、多くは北部の工場で加工されていました。
経済的に北部が南部を支配する中で、貴重な労働資源である黒人奴隷の人権問題がクローズアップされたことに南部は反発します。1860年から61年にかけて、南部が合衆国から独立しようとしたことで、ついにアメリカ合衆国の歴史の中で唯一の大規模な内乱が起きたのです。
遥か大西洋の彼方にあるタラの台地を自らの血として抱きながらアメリカで農場を切り開いたオハラ家。その強い気質を受け継いだスカーレットが、戦争で荒廃した農場タラを自らの生きる土地と定めるクライマックスは、この小説の映画での見せ場です。
その頃、ニューヨークでは、貧しい者に不平等な徴兵制度に反発したアイルランド系移民が、反乱を起こし、多数の黒人がリンチされるという事件がおきています。ドラフト・ライオットという争乱です。差別される者同士が対立し、血を流す構造は、どこの社会でも見受けられる歴史の皮肉です。
この歴史的背景をもとに制作されたのが、レオナルド・デカプリオが主演し話題になったギャングズ・オブ・ニューヨークです。
そして、19世紀終盤から、20世紀にかけて、さらにアメリカ都市部の移民構造は複雑になります。同じカトリック系で、アイルランド系と似た境遇にあったイタリア系の移民が南部イタリアから流れてきたのもその当時のこと。
彼らが生き抜くために造った地下組織がマフィアであることはご存知でしょう。実は、アイルランド系のギャングは、ニューヨークではイタリアマフィアの下部組織として活躍したのです。
一家の中で、兄は警察官、弟はギャングという家も多かったと聞いています。
「ウエストサイド物語」、「ゴッドファーザー」など、多くのミュージカルや映画が、当時のことを題材にして造られました。
そしてこの「風と共に去りぬ」。
これらアメリカの名作の背景にある海を渡ってきた人々の物語。そこにアメリカという国の歴史と現在を彩る共通の価値、そしてテーマがみえてくるのです。
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2020.12.13 ラダーの扉